落語は言葉、仕草、小道具、その他で表現されます。これらがすべて一体になったときに生まれ出るものです。
扇子と手拭いを持った一人の演者が、座布団の上に座って滑稽な話をします。噺家(落語家)は声色や仕草を交えて、老若男女すべての登場人物を演じ分けます。つまり、聴き手は自由に想像力をふくらませ、頭の中に絵を描き出すことにより極上の笑いや涙をかもしだします。
江戸落語の場合は、おもに江戸弁で噺が進んでいきますが、登場人物によっては田舎言葉となります。
先年亡くなった十代目桂文治師匠は、この江戸弁についてたいへん厳しく、なかでも、「職人言葉と商人言葉ではまったく違うもんだ」と常々言っていました。確かに言葉のニュアンスや使い方によって登場人物を演じ分けなければならない落語ですから、これはたいへん重要になってきます。また、話をする時は腹式呼吸、鼻濁音、その他諸々に気をつけて、いかにお客様にわかりやすく喋るかということも重要です。
落語を演じるときには、芝居と違ってあまり小道具を使いません。使うのは、扇子と手拭いぐらいです。あとは、パントマイムのように、実際には無いものをお客様の想像力に頼りながら在るように見せなければなりません。これが仕草です。饅頭を食べるとか、そばを食べるとか、笠をかぶる、着物を脱ぐ、あるいは着る。人に物を渡す、受け取る、くしゃみをする、しゃっくりをする。酒を飲んで酔っ払う。これらの仕草ができて、やっと一人前の噺家になります。
落語で使う小道具は、おもに「扇子」と「手拭い」です。これもただ単に、扇子、手拭いとして使うだけではなく、色々なものに見立てて使います。
扇子は、箸になったり煙管になったり、舟を漕ぐ棹や櫓、魚釣竿や刀、槍などは目線を使い長さを表現するのです。
手拭いは、本、帳面、煙草入れ、財布、胴巻きなど、扇子に比べ幅や広さのあるものに化けます。また丸めて芋になったり、頭にのせて狐が化けるときの木の葉になったり、演者の工夫次第で色々と変化します。
また、上方落語では座布団の前に見台、膝隠しを置いてそれを張り扇や小拍子でかちゃかちゃやりながら場面転換に使ったりもします。真打ち昇進の披露興行などでは高座に後ろ幕を張ったり、寄席の前に幟を立てたりして華やかさを演出します。